2021.04.14 11:00book

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宮沢賢治のかわいくて、悲しい猫の物語を知っていますか?
宮沢賢治といったら『銀河鉄道の夜』を思い浮かべますが、その他さまざまな短編作品を世に残しています。
今回紹介する作品は、数ある宮沢作品のなかでもとってもかわいらしく、そしてかわいそうな猫のお話です。誰もが読んだことのある『銀河鉄道の夜』に隠れた名作、どこにでも起こりそうな猫の物語。この記事を通して、宮沢賢治の世界観を知ってみてください。
作品情報
著者 | 宮沢賢治(みやざわ けんじ) |
---|---|
発表年 | 1926年 |
ジャンル | 短編小説 |
テーマ | 児童文学 |
「猫の事務所」のあらすじ
本作品はもともと小説として発表されたものですが、その分かりやすい物語性や道徳観からいくつもの絵本としてリメイク出版もされています。
内容的には5~8歳の社会性を学び始めるころの子供にぴったりです。また、職場のいじめやパワハラが表面化してきた現代で、大人が読んでも考えさせられるものとなっています。
では、さっそくあらすじを見ていきましょう。
猫の第六事務所

Amazon:猫の事務所(絵: 小林 敏也)
これは、軽便鉄道の停車上の近くにある猫の第六事務所のなかで起こった物語。
猫の第六事務所とは、猫の歴史や地理についてを調べるところです。この事務所には1匹の事務長と4匹の猫が書記として働いていました。
登場猫物の猫たち
- 事務長の黒猫
- 一番書記の白猫
- 二番書記の虎猫
- 三番書記の三毛猫
- 四番書記のカマ猫
カマ猫は、寒い夜をいつもカマの中で寝る夏猫だったため、みんなにそう呼ばれていました。いつでも体に煤がついていて、とくに鼻と耳にはまっくろい炭がつき、まるでタヌキのような見た目をした猫でした。
そんなカマ猫がこの話の主人公です。
――さて、この事務所がどんなことをしているのか具体的に説明しますね。
例えばお客さんの猫が事務所を訪ねてきます。そして、
「わしは氷河ネズミを食べにベーリング地方へ行きたいのだが、どこらが一番いいだろう」
といったような質問をします。それに対して書記の猫たちが、
一番書記の白猫
「氷河ネズミの産地はウステラゴメナ、ノバスカイヤ、フサ河流域であります」
二番書記の虎猫
「旅行の際は、函館付近で馬肉に釣られないように注意してください」
三番書記の三毛猫
「ベーリング地方の有力者は、トバスキー、ゲンゾスキーであります」
四番書のカマ猫
「トバスキーは徳のある人で、ゲンゾスキーは資産家です」
とそれぞれが自分の台帳に書かれた情報を使って教えてあげるのです。
まるで猫の案内所のようですね。
カマ猫の苦悩

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とても微笑ましい猫の第六事務所なのですが、一つ大きな問題がありました。
実は第四書記のカマ猫は他の書記猫に嫌われていたのです。
事務長の黒猫はカマ猫を評価していましたし、カマ猫も他の書記に好かれようと仕事を頑張ったり、優しくしてあげたりします。ですが、いじわるな他の書記猫たちはカマ猫を受け入れようとしませんでした。
寒さに弱くいつも煤でまっくろに汚れているカマ猫。それを書記猫たちは同じ仲間として見ることができなかったのでしょう。
カマ猫の方といえば、ときには「普通の猫になろう」として何度も窓の外で寝ようと挑戦します。ですが、どうしても寒さに耐えられずカマドの中でしか寝られません。そんなときカマ猫は、「生まれつき皮膚の薄い僕が悪いんだ、仕方ない」と目に涙を浮かべるしかありませんでした。
自分の力ではどうしようもできなくて、カマ猫のように辛くなるときってありますよね。そして、それでも頑張らなければならないときってありますよね。
そのときの健気なカマ猫の気持ちを抜粋させていただきます。
けれども、事務長さんがあんなに親切にしてくださる、それにカマ猫仲間のみんながあんなに僕の事務所に居るのを名誉に思って喜ぶのだ、どんなにつらくても僕はやめないぞ、きっとこらえるぞと、カマ猫は泣きながら、にぎりこぶしを握りました。宮沢賢治「猫の事務所」
猫の仲間外れ

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そんなある日、カマ猫は風邪を引いてしまい、足のつけねを腫らしてしまいます。仕事を頑張ろうと思っていたのに、足が痛くて事務所にいけなくなったカマ猫はもう泣くしかできません。
そのことを知らない事務所の猫たちの間でこんな会話が繰り広げられました。
事務長「今日はカマ猫君がまだ来ないね。遅いじゃないか」
白猫「なあに、海岸にでも遊びにいったのでしょう」
虎猫「いや、どこかの宴会にでも呼ばれにいったのでしょう」
事務長「今日はどこかで宴会があるのかね?猫の宴会に私が呼ばれないのはおかしいな」
虎猫「なんでも、北の方で宴会があるとか聞きました」
事務長「そうか……」
三毛猫「最近はいろんなところに呼ばれているみたいです。しかも、今度は自分が事務長になるんだ、と言ってるみたいなんですよ」
もちろんこれは書記猫たちの嘘です。 ですが、あまり頭の良くなかった黒猫の事務長は簡単に騙されてしまいました。
騙されてしまった事務長は、カマ猫が腫れものを治して事務所に戻ってきても他の猫たちと一緒に無視。そして、カマ猫が仕事でつかっていた台帳を三番書記の三毛猫に与え、カマ猫の仕事をなくしてしまったのです。
数日が経ち、カマ猫は風邪を治し事務所に出向きました。そこでカマ猫が見たのは、4匹だけで仕事を進める事務長と書記猫たちでした。事務長や書記猫はカマ猫を無視し、まるでそこにいないように振舞います。
なんとなくその状況を察して、黙ってうつむくしかないカマ猫。
現実でもありそうな、その悲しい場面を抜粋させていただきます。
カマ猫はもうかなしくて、かなしくて頬のあたりが酸っぱくなり、そこらがきいんと鳴ったりするのをじっとこらえてうつむいておりました。
事務所の中は、だんだん忙しく湯のようになって、仕事はずんずん進みました。みんな、ほんの時々、ちらっとこっちを見るだけで、ただ一ことも言いません。
そしてお昼になりました。カマ猫は、持ってきた弁当も食べず、じっと膝に手を置いてうつむいておりました。宮沢賢治「猫の事務所」
想像するだけでも心が痛くなってしまいますよね。
その後、カマ猫はとうとう泣きはじめてしまったのですが、他の猫たちはやはりそれを無視して仕事を進めます。
そんな事務所の様子を獅子(ライオン)が窓からのぞいていました。獅子は事務所の中に入ってきて、
獅子が大きなしっかりした声で言いました。
「お前たちは何をしているのか。そんなことで地理も歴史もいった話ではない。やめてしまえ。えい。解散を命ずる」宮沢賢治「猫の事務所」より
と言いました。こうして事務所は廃止となり、このお話はあっけなく終わります。
考察:最後の一文に入る宮沢賢治の想い

写真:宮沢賢治
自分たち人間にも生まれつきのもの、どうしてもやめられないもの、譲れないもの、あるいは気に入らないものはありませんか?(筆者にはあります)
しかし、自らを向上させようとせず、他責的に我を通すことは、ときに他者との軋轢を生みます。そのわがままにより、仲間外れができ、仲間外れにされたものは傷つき、ときに仲間外れにするものには罰が与えられます。
「猫」をつかってそうした道徳心を伝えるこの物語の最後には、宮沢賢治の想いが込められているように感じます。
その証拠に、
僕は半分獅子に同感です。宮沢賢治「猫の事務所」
とこの作品は締めくくられています。
この「僕」はおそらく、宮沢賢治自身のことでしょう。確かにこの事務所は猫のために役立つ必要なものです。なくては困るものです。しかし、その事務所が問題だらけでは、いくら働いている人たちが優秀でも、猫のために役立つといっても、道徳的にそれ以前の問題なのです。
『猫の事務所』は、宮沢賢治の隠された名作だと思います。児童文学というジャンルでくくられていますが、内容的には大人にも通ずるものがあると感じています。
本作は絵本にもなっており、その暗喩的な道徳観は子供への読み聞かせにもぴったりではないでしょうか。おすすめなのでぜひ手に取ってみてくださいね。
筆者は宮沢賢治全集で原作を読みましたがそちらは絶版のようで見つかりませんでした。初めに紹介したAmazonのKindleにて無料で読めますのでぜひご活用ください。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見、ご感想をお待ちしております。
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