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アルベール・カミュの「ペスト」とともに不条理文学の一つとして知られるフランツ・カフカの『変身』
多くの方は「有名で名前は知ってるけど古臭いし読む機会がない。昔の小説は表現が難しそう・・・」と感じているのはないでしょうか?
ですが、カフカの『変身』は今こそ読むべき小説だと自分は考えています。そこでこの記事では、エッセンスのみを抜粋し、あらすじをまとめました。
作品情報
ジャンル | 中編小説 |
---|---|
テーマ | 不条理文学 |
発表年 | 1915年 |
タイトル | 変身(へんしん)/Die Verwandlung |
著者 | フランツ・カフカ(ふらんつ・かふか) |
カフカの補足情報
フランツ・カフカは大学を卒業後、保険局員として働きながら数々の名作を残しますが、結核が原因で1924年に亡くなります。当時、40歳という若さでした。
『変身』以外で有名な作品である『審判』、『城』、『失踪者』は実は友人のマックス・ブロードがカフカの死後に公刊し世界で評価をうけた作品です。
それでは、あらすじを見ていきましょう。
変身のあらすじ
朝、目覚めたら虫になっていた
これは不幸な家族とさらに不幸な男の物語。
ある朝、セールスマンのグレゴールは目を覚ますと、自分が”変身”していることに気づきました。ベッドの上で”一匹の巨大な毒虫”に変化していたのです。グレゴールは何が起きてしまったのだろうと周りを確認します。しかし、目覚めた場所はいつもと同じ自分の部屋。甲虫のような固い背中に、すじに分かれ盛り上がったお腹…おまけに無数にうごめく足まで…。虫になってしまったのは現実なのだ、と彼は認識します。
「おれはどうしたのだろう?」と、彼は思った。夢ではなかった。フランツカフカ『変身』
読者の皆様は、「いきなり虫になるの!?」と思ってしまうかもしれません。ですが、“主人公がいきなり虫になって目覚めるの”がこの小説の肝でもあります。
なんの前触れもなく虫になってしまったグレゴール。彼にはベッドの上で自身の置かれた状況を把握することしかできませんでした。また、”自分がまるで人間であるかのように”いつも通り仕事に向かおうとするのでした。
さて、部屋からでてきた”虫”を見た母・父はもう大変でした。母は逃げだし、父は虫の姿になった息子をまるで害虫であるかのように扱いました。
自分は何も悪いことをしていないのに…。と、厄介者となってしまったグレゴールは、その場面をこのように表現しています。
「父親のあの耐えがたいしっしっという追い立ての声さえなかったら、どんなによかっただろう!」その声が発せられるたびに、グレゴールは冷静さを失ってしまう。いつまでもこのしっしっという声に気をとられて、おろおろしてしまい、グレゴールが部屋に戻ることを困難にさせてしまうのだ。フランツカフカ『変身』
「しっしっ」と追い立てられるグレゴールがかわいそうだ…と思うのですが、なんとなく父の行動も分かってしまうもどかしい場面です。
さて、この後、部屋に半ば監禁状態にされたグレゴールは妹の世話をうけるようになります。
――いつの間にか人間の言葉を話せなくなり、体が思うように動かせなくなったグレゴール、虫に変化してしまった兄を世話しなければならなくなった妹。
家族の生活費はグレゴールの稼ぎに頼っていたため、老いた身体でまた働くようになった父、喘息持であるにも関わらずパートタイムに行かなければならなくなった母。
グレゴールの”変身”により、家族は大きく”変化”してしまいます。
ここで覚えておきたいポイントなのですが、虫になる前のグレゴールは、仕事を一生懸命にして一家を養っていました。家では、女中(今でいうメイドさん)も雇っていましたし、好立地で立派な家に住んでいました。グレゴールはとても家族想いで、妹が入りたいと思っていた音楽学校への学費も秘密にして貯めていました。グレゴールはいいやつなんです。
主人公に対する家族の変化
お世話をする妹は、最初は恐る恐るそして丁寧にグレゴールを扱いました。グレゴールもそれにこたえるよう、家族に迷惑をかけないためにひっそりと部屋のなかで生活しました。奇妙なことではありますが、ある意味均衡のとれた生活があったのです。
しかし、時の経過とは恐ろしいものです。
時が経ち、グレゴールが虫になってしまったという変化を落ち着いて理解し、冷静になると、そこにはただただ困窮する家族の姿があったのです。
人は自らが困っているとき、なかなか他者に対して気を遣うことはできません。
この物語にでてくる家族も同じでした。家族の兄への世話はだんだんと雑になり、その不満を人間の言葉で言えないグレゴールと家族の間には、少しずつはっきりとした溝ができていきました。
一家に起きた事件
credit:natuerie
家族全体に少しずつ亀裂がうまれてきたころに、大きな事件が起きました。
ある日、家族は生活費を稼ぐために、住居の一室を三人の男に貸し出します。
一家は豪華な食事を用意するなど、奉仕をすることでお客様である彼らに従事しました。そして食後、男たちのリクエストでグレゴールの妹がバイオリンを披露することになります。
事件が起きたのはその時でした。
「ザムザさん!」と、まんなかの男が父親に向って叫び、それ以上は何もいわずに、人差指でゆっくりと前進してくるグレゴールをさし示した。ヴァイオリンの音がやみ、まんなかの下宿人ははじめは頭を振って二人の友人ににやりと笑って見せたが、つぎにふたたびグレゴールを見やった。
フランツカフカ『変身』
なんと、バイオリンの音色につられて部屋からでてきたグレゴールが男たちに見つかってしまったのです。男の1人が父に説明を求めますが、父はなにも言うことはなく、ただただ彼らを部屋に押し込めようとします。そして、それが彼らを怒らせてしまいました。
その描写を以下に抜粋します。
父親はまたもや気ままな性分にすっかりとらえられてしまったらしく、ともかく下宿人に対して払わなければならないはずの敬意を忘れてしまった。(中略)「私はここにはっきりというが」と、その人は片手を挙げ、眼で母親と妹とを探した。「この住居および家族のうちに支配しているいとわしい事情を考えて」――ここでとっさの決心をして床につばを吐いた――「私の部屋をただちに出ていくことを通告します。むろん、これまでの間借料も全然支払いません。それに反して、きわめて容易に理由づけることができるはずのなんらかの損害賠償要求をもって――いいですかな――あなたを告訴すべきものかどうか、考えてみるつもりです」
フランツカフカ『変身』
父の態度に男は「宿泊費を支払わない」どころか、「告訴して損害賠償を請求する」と言い放ちました。悪態をつきながら部屋に戻る男たち…。もう家族にはどうすることもできません。
グレゴールはというと、空腹と衰弱で身体を動かすことができず、その場でじっととどまることしかできませんでした。
さて、そんなどうしようもない場に、このような疑問が生まれました。
『なぜ自分たちがこんな目に合わなければならないのか?』と。
すべての不幸の原因とは…
やがて、妹はこのように結論付けました。そして、両親にこう言いました。
「お父さん、お母さん、もうこれまでだわ。あなたがたは恐らくわからないでしょうが、私にはわかります。わたしたちはあいつから離れなければならない。あいつの世話をし、我慢するために、人間としてできるだけのことをしようとしてきたじゃないの。誰だって少しでも私たちを非難することはできないと思うわ。私たちはあいつから離れなければならないのよ」フランツカフカ『変身』
妹は泣き出し、父は「あいつの言葉がわかったのなら」と困り、母はどうすることもできませんでした。
妹は泣きながら続けます。
「あいつがグレゴールだなんていう考えから離れればいんだわ。そもそもそんなこともを長い間信じていたことが、私たちの本当の不幸だったんだわ。もしあいつがグレゴールだったら、人間たちがこんな虫と一緒に暮らすことは不可能だってわかって、自ら進んで家をでていくはずだわ。ところが、この動物は私たちを追いかけ、下宿人たちを追い出した。きっと、そのうち住居全体を占領し、わたしたちに通りで夜を明かせる気なのよ」フランツカフカ『変身』/一部中略
自身への不甲斐なさ、家族に対する不憫な思い、或いはどうしようもない運命を前に佇むグレゴール。彼は妹のその言葉を聞き、弱った身体を回転させ部屋に戻ろうとしました。
しかし、よもやそれさえも、今の家族にとっては、害虫が何かよからぬことをしているようにしか思えなくなっていました。
グレゴールが身体を引きずりなんとか部屋に戻ったあと、妹は即座にドアを閉じ、外から鍵をかけるのでした。
そして暗い部屋の中で、身体の痛みが引いていくのを感じながら、グレゴールは孤独に息絶えました。
――グレゴールが亡くなったあと、家族は重荷が降りたようにあらたな人生を生きることを決意します。あらすじ紹介ではその味わいを表現することが難しいので、気になる方は是非本作をお読みください。AmazonのKindleでは無料で読むことができます。
「変身」の解釈・考察
エッセンスのみを抜粋・要約してきました。
カフカの『変身』は現代でも通ずる話ではないでしょうか。
家族のだれかが何かしらの理由で引きこもり(虫)になってしまうと、最初は皆が心配したり嘆くのだと思います。しかし時間が経ちそれが当然のこととなると、この一家のように関係性が変化していくのかもしれません。
最後は、「一家が不幸なのは虫(グレゴール)のせい」と結論付けられ終わっています。
しかし虫になる前のグレゴールは家族のために働き、養い、愛していた妹が音楽学校へいく学費を貯めていました。その旨をクリスマスに打ち明ける気でいました。
それなのに、”突然虫になっていた”のです。しかし、それは彼のせいではありません。どうしようもない不条理が、堅実に生きてきた彼に偶然にも降りかかって――しかもグレゴールは自分の意思や考えを主張できず、ただ家族に疎まれて――しまったのです。
それはきっと、現実でも形を変えて起こりえることだと思います。現代社会にも確かに存在するような誰の力も及ばぬ事象を、カフカは毒虫に『変身』するという表現に置き換えたのだと筆者は考えます。
本編は短く30分~1時間ほどで読めるのでぜひ手に取ってみてください。
最後に関連本を紹介します。フランツ・カフカはネガティブで有名な作家であり、それを面白くまとめた本があります。文学的根拠に欠ける本ではありますが、辛い心にそっと手を指し伸ばしてくれるかもしれません。
『絶望名人カフカの人生論』
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。
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